【2日に1回寝る前に観たい】現代でも色あせることないロナウジーニョのテクニック動画

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ロナウジーニョという史上最高のファンタジスタ

これは筆者個人の感想だが、ロナウジーニョは史上最高の選手であり、ファンタジスタであり、観る者を魅了する魔術師であった。

引退後は、自身のビジネスが上手くいかず、金銭的な問題を抱えているロナウジーニョ。今回は彼の現役時代の話を少しだけしよう。

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頭角を現し始めたパリSG時代

キャリアのスタートはブラジルのグレミオ。グレミオでのロナウジーニョのプレーがブラジルで話題になると、すぐさまその噂は欧州へ。2001年にパリSGへと移籍。

ロナウジーニョは02-03シーズンまでパリSGでプレー。人々を楽しませるプレーはこの頃から健在で、ビッグクラブへの移籍は時間の問題。

そのタイミングで彼の名を世界中に知らしめたのが2002年日韓W杯であった。

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世界中がロナウジーニョを知った2002年日韓W杯

当時、海外サッカーを観る習慣があまりなかったであろう日本の人たちが、ロナウジーニョという選手を知ったきっかけの1つに挙げられるのが、2002年日韓W杯ではないだろうか。

この大会でブラジル代表は優勝。前線3人の名前の頭文字を取った「3R」を知っている人も多いはず。(ロナウド・リヴァウド・ロナウジーニョ)

筆者も真似たモヒカンヘアが特徴のデイヴィッド・ベッカム率いるイングランドとの試合。右サイドからのフリーキックを、中に合わせると読んだイングランド代表GKデイヴィッド・シーマン(当時、世界でも指折りのGK)の裏を読んだロナウジーニョのゴール。

筆者の、この不器用な説明で、真っ先に頭の中で思い浮かべて理解できた人は、おそらくかなりのサッカー好き。ロナウジーニョの動画だけで、白飯1杯はイケるサッカーバカに違いない。

ちなみに、シーマンは当時の痛恨のプレーについて「今でもその場面を見るたびに、ボールが外れてくれればと願う」と。

バルセロナで極めたサッカー選手としての頂点

日韓W杯での活躍もあり、03-04シーズンにバルセロナに移籍。

ここで、ロナウジーニョはキャリアで最高の時を歩むことになる。

サンチャゴ・ベルナベウでのスタンディング・オベーション

バルセロナとレアル・マドリードはライバル関係にあり、この対戦を「エル・クラシコ」と呼ぶ。ここで、思いがけないことが起こる。

2005年11月19日、レアルのホームであるサンチャゴ・ベルナベウで行われたリーガ・エスパニョーラ第12節。因縁のエル・クラシコで、それは起きた。

サミュエル・エトーのゴールでバルサが1点をリードして迎えた58分。左サイドでボールを受けたロナウジーニョが圧巻のプレーを見せる。

対峙したセルヒオ・ラモスを一瞬で抜き去ってペナルティエリア内に侵入すると、イバン・エルゲラもかわしてゴール。

そして20分後の78分。再び左サイドでボールを受けたロナウジーニョが軽やかなステップでセルヒオ・ラモスを振り切り、そのまま持ち込んで3点目。

この直後、サンチャゴ・ベルナベウのレアルサポーターたちが立ち上がってロナウジーニョに拍手を送った。

当時のことをロナウジーニョは「最大のライバルのファンから、スタンディング・オベーションを受けるという喜びを味わった選手は、ほとんどいないだろう」と。

リオネル・メッシという神童

そして、ロナウジーニョがサンチャゴ・ベルナベウでスタンディング・オベーションを受けたこの日、初クラシコを経験したのが、当時18歳のリオネル・メッシであった。

ここからのメッシの活躍については、説明する必要もないだろう。

当時、ロナウジーニョの逆サイドでポジションを取っていた18歳の青年が、まさか世界中の個人賞を総なめにするとは、思っていなかった。

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